結婚や出産を経て女優活動を再開した奥菜恵(おきな めぐみ)さん。
かつて『魔性の女』と呼ばれて3回の結婚をした奥菜恵さんはどんな生い立ちを過ごしてきたのでしょう?
この記事では、奥菜恵さんの家族や幼少期のエピソードなどを深掘りしていきましょう!
奥名恵の生い立ち・小学6年生でスカウト
奥名恵さんは広島県出身です。
そんな奥名恵さんが芸能界入りしたのは、小学6年生でスカウトされたことがきっかけでした。
友人宅で出会った事務所の社長にスカウトされた奥名恵さん、子供のころから目立つ美しさだったのでしょう。
幼い頃の性格は?
奥名恵さんは芸能活動する前は、極度の恥ずかしがり屋の性格。
授業で指されただけで顔が真っ赤になってしまうほどで、人前で何かを表現するなんて考えられないほどだったそう。
そんな奥名恵さんがスカウトされて芸能界に入ることを決意したのは、父親からのアドバイスが大きかったんです。
「やるかやらないかは自分で決めなさい。ただ、やるのならば真面目に一生懸命に向き合わなければいけないよ」
引用元:https://more.hpplus.jp/
父親は奥名恵さんを子供扱いせずに、芸能界入りの判断を本人に任せていて関係性の良さが伝わってきます。
早くに仕事を始めた奥菜恵さんは学校と仕事、宿題や台本覚えなどの日々で多忙すぎて反抗期もなかったと。

デビュー作の注目されっぷりはすごかったわよね
家族構成は?
奥名恵さんの実家の家族は、
・父親
・母親
・本人
・長妹:1歳年下
・次妹:4歳年下
3人姉妹の長女として育ってきた奥名恵さん。
実家には「家訓」が壁に貼ってあったそうで、
と、基本的であり大切な教えが目に見えるところにあったんですね。
さらには、家族で『読書した本の数』を競っていたといいます。
これらのエピソードから奥名恵さんが、常識的で厳しい家庭に育ったことがわかりますよね。
野菜嫌いの子供だった
奥名恵さんは野菜ぎらいで、温野菜も生野菜も全て食べずにいたそうです。
小学校の給食では野菜が食べられずに最後まで残されていた奥名恵さん。
中学に入学すると次第に野菜嫌いも克服。
中学から女優として仕事をはじめ、疲れて帰宅するとおにぎりを作って待っていてくれた両親に愛情を感じていたと明かしています。
奥名恵の生い立ち・難病になったのはいつ?
奥名恵さんは小学6年生で事務所に入り、翌年の13歳でドラマデビューを果たしています。
中学に入って、芸能界デビューしても引っ込み思案の性格に大きな変化はなく、人前に出ると赤くなることから「赤べこ」と呼ばれていました。
精神的に不安定だった高校生
奥菜恵さんはデビューしてから睡眠時間2~3時間で何年も走り続けていて、
「高校生の頃、いつだったか病院に駆け込んだことがあった。とにかく悲しくてたまらなくて、何かに取り憑(つ)かれたように泣き喚き(わめき)、混乱し、呼吸ができない状態に陥った。」
引用元:https://friday.kodansha.co.jp/
と、自叙伝『紅い棘(とげ)』の中で明かしていて、大変な高校時代を送っていたんですね。
難病になったのはいつ?
奥名恵さんは現在「尋常性白斑(じんじょうせいはくはん)」という難病を患っています。
・皮膚の一部が白くなる
・「白ナマズ」とも呼ばれる
・原因不明
・痛みや痒みはない
奥名恵さんは元々アレルギー体質で、それが病気発症のきっかけになったと明かしています。
人前に立ち、時には露出の多い衣装を身につける仕事でもあるので悩んだそう。
奥菜恵さんは自身の病気をきっかけに美容商品のプロデュースに携わり、マルチな才能を発揮させていますよね。
まとめ
奥菜恵さんの生い立ちをまとめると、
・5人家族で3姉妹の長女
・しつけには厳しい家庭
・幼少期の性格は内向的
・父親の友人を介して事務所の社長にスカウトされて芸能界入り
ということがわかりました。
子育てもひと段落した奥菜恵さんの今後の芸能活動に注目ですね!